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─39─ 終焉

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-08-15 20:30:00

 どれくらい走ってきたのだろうか、息を切らせて近付いてきたユノーは、つい先程まで戦っていた敵将とすれ違いざまに黙礼を交わす。

 そして、その後ろ姿を見送りつつシエルの元へと歩み寄った。

 そして、座り込むシエルのかたわらでおもむろに口を開く。

「……あの方が、黒衣の死神ですか? ものすごい威圧感ですね」

 知らなかったとはいえあんな凄い人と戦っていたのかと思うと、今更ながらですが震えが止まりません。

 そう言いながら肩をすくめるユノーに、シエルはわずかに笑った。

「そんな凄い奴と戦って負けなかったんだ。たいしたものじゃないか」

「そんな……全ては貴方のお陰です。僕は貴方の作戦に従って戦場で立っていただけですから……」

 あわてて勢い良く首を横に振るユノーに、シエルは更に笑った。

 が、すぐにそれを収めると、不意に生真面目な表情を浮かべる。

「最終的に作戦決行の決断を下したのは、貴官と殿下だ。二人の許可が降りなければ、俺は行動を起こすつもりはなかった」

 少なくとも負けなかったのは、二人が俺の案を飲んでくれたおかげだ。

 真正面を見据えたまま、シエルはそうつぶやいた。

 対するユノーは、所在なげに立ちつくす。

「……閣下……」

「閣下はよせ。俺はもう貴官の上官じゃないだろ?」

「……じゃあ、どうしてシグマさんが大将と呼ぶのはおとがめなしなんですか?」

 シグマさんが良くて僕がだめなのは、ちょっと不公平ではないですか。

 そう正論を言うユノーに、シエルはぐうの音も出ない。

 決まり悪そうに視線をそらすシエルに、今度はユノーが笑う番だった。

 居心地の悪さから逃れるかのように、おもむろにシエルは話題を変える。

「ところで、一体何の用だ? 争いは終わったんだ。もう
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     どれくらい走ってきたのだろうか、息を切らせて近付いてきたユノーは、つい先程まで戦っていた敵将とすれ違いざまに黙礼を交わす。 そして、その後ろ姿を見送りつつシエルの元へと歩み寄った。 そして、座り込むシエルのかたわらでおもむろに口を開く。「……あの方が、黒衣の死神ですか? ものすごい威圧感ですね」 知らなかったとはいえあんな凄い人と戦っていたのかと思うと、今更ながらですが震えが止まりません。 そう言いながら肩をすくめるユノーに、シエルはわずかに笑った。「そんな凄い奴と戦って負けなかったんだ。たいしたものじゃないか」「そんな……全ては貴方のお陰です。僕は貴方の作戦に従って戦場で立っていただけですから……」 あわてて勢い良く首を横に振るユノーに、シエルは更に笑った。 が、すぐにそれを収めると、不意に生真面目な表情を浮かべる。「最終的に作戦決行の決断を下したのは、貴官と殿下だ。二人の許可が降りなければ、俺は行動を起こすつもりはなかった」 少なくとも負けなかったのは、二人が俺の案を飲んでくれたおかげだ。 真正面を見据えたまま、シエルはそうつぶやいた。 対するユノーは、所在なげに立ちつくす。「……閣下……」「閣下はよせ。俺はもう貴官の上官じゃないだろ?」「……じゃあ、どうしてシグマさんが大将と呼ぶのはおとがめなしなんですか?」 シグマさんが良くて僕がだめなのは、ちょっと不公平ではないですか。 そう正論を言うユノーに、シエルはぐうの音も出ない。 決まり悪そうに視線をそらすシエルに、今度はユノーが笑う番だった。 居心地の悪さから逃れるかのように、おもむろにシエルは話題を変える。「ところで、一体何の用だ? 争いは終わったんだ。もう

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─38─ 祈り

     周囲を一望できる、かつて城壁だったであろう石垣の上にシエルは立っていた。 そう、敵の精鋭部隊に襲われているミレダ達と再会した場所だ。 足元にはあの時彼自身やユノーが斬り伏せた死体が、今なお転がっている。 眼下の両軍が激しくぶつかっていた平原には、敵ばかりでなく味方の遺骸が手付かずのまま何体も放置されていた。 それらに視線をめぐらせると、シエルは目を閉じ中空に両の手をかざし、静かに祈りの言葉を唱え始める。 独特の旋律を持つ祈りを、唄うように。 そして、最後の一句を唱え終えた時、そこかしこから無数の光の玉が生まれ、天に向かって昇っていく。 それを見送ったシエルは、後方に倒れ込むように腰をつき、そのまま両膝に顔をうずめ、力無くうずくまっていた。 しかし……。「祈りを捧げる貴方の顔には、憐れみの表情は浮かんでいませんでしたよ」 どこからか、皮肉混じりの声が聞こえてくる。 いつの間にかシエルの背後には、黒衣の死神がたたずんでいた。 けれど、シエルは顔も上げずに言い返す。「……のぞき見か。死神殿は本当に立派な趣味をお持ちだな」 シエルの精一杯の反撃にもだがロンドベルトは痛手を受けたようでもなく、いつもの斜に構えた笑みを浮かべる。 そのまま歩を進めシエルの横に立ち、おもむろに口を開いた。「私は見えざるものを信じていません。が、配下の者がそれにすがろうという気持ちは、今多少なりともわかったような気がします」 もっとも私自身は未だ信じるには至りませんが、と笑うロンドベルト。 その時、ようやくシエルは顔を上げた。「それより、こんな所まで何の用で?」 まさか無駄話をするためだけに来た訳ではないだろう。 そう言うように向けられてくる藍色の瞳に、ロンドベルトは声を立てずに笑った。「少々おうかがいしたいことがありまして」「…&h

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  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─36─ 対決

     戦況は一向に変わらない。  蒼の隊はまったく動く気配はなく、こちらも攻めあぐねている。  変わりばえのしない前線からの報告を受けるたび、ロンドベルトはいら立ちを募らせる。  不安げにその様子をうかがうヘラを気にかける余裕も無いようだった。  卓の上に広げられた地図に手をかざし、幾度となくその場を『見よう』とするのだが、千里眼と称されたその視界は開けることは無かった。  不意にロンドベルトは卓に両手を付き立ち上がる。  その顔には、珍しく怒りの表情が浮かんでいた。 「閣下、いかがなさいました?」  表情そのままの不安げな声で尋ねるヘラに、ロンドベルトは光を映さぬ瞳を向ける。  そして、内心の怒りをかみ殺すように言った。 「……馬を。本隊全てを投入して、敵を殲滅する」 「何をおっしゃられるんですか、閣下? それでは……」 「私が受けた命令は、敵を討ち果たし勝利することだ。いかにあの御仁が罠を張ろうとも、それは言い訳にならない」 「いけません! それでは……」  ヘラの言葉は、突然の叫び声で遮られた。  何事かと両者は顔を見合わせる。  程なくして、負傷した兵士が一人、転がるように駆け込んできた。 「何事だ⁉」  ロンドベルトの怒号に、兵士はその場に思わずひれ伏す。  そして、顔を上げることなく震える声で告げた。 「て……敵襲! すでに最終防衛線まで突破されています!」  色を失うヘラ。  ロンドベルトはそんな副官を守るようにその前に立ち、更に兵士に問う。 「敵は何人だ? どこから攻めてきた?」 「部隊後方から突如攻撃してきました! その数は……」  その時だった。  ごく至近から鬨の声が上がる。  剣のぶつかる音が響く。  やがて、断末魔の悲鳴と共に、人間が大地に崩れ落ちる音が聞こえてくる。  遂に来たか。  ロンドベルトは自らの剣に手をかける。

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─35─ 戦闘

     そして、夜が明けた。  イング隊側から開戦を告げる鏑矢が放たれたにも関わらず、蒼の隊は沈黙を保っている。  イング隊の弓兵隊が矢を射かけても、反撃する素振りすら見せない。  隊列を保ったまま、ただそこにいるだけである。  誰もが妙だと思った。  同時に、何かとんでもない作戦があるのではないかと疑った。  結果、前線を任されているイング隊参謀は、すぐさま後方に控えているロンドベルトに、どう出るべきかうかがいを立てた。 「参謀殿は、混乱されているようですが……」  報告を受け、ヘラはロンドベルトに向き直る。  一方のロンドベルトは、幾度となく最前線を『見よう』としていたが、いずれも失敗に終わった。  おそらくは、突如として参戦した無紋の勇者こと自称不良神官の青年が、蒼の隊全体に何らかの小細工を仕掛けているのだろう。  相手の手の内が見えぬ以上、下手に動けば墓穴を掘る。  何より、自らの目を封じられた以上、離れた場所からでは的確な指示を出すことができない。  おもむろに立ち上がり、歩みだそうとするロンドベルトを、ヘラは必死に押しとどめた。 「いけません。今閣下が出ては、みすみす敵の罠にかかりに行くようなものです」  珍しくロンドベルトの顔には、焦りといらだちが混じり合った表情が浮かんでいる。  けれど辛うじてそれを押さえ込み鋭く舌打ちすると、彼は伝令に告げた。 「参謀に伝えよ。決してこちらから討って出るな。挑発してでも相手から動くように仕向けろ。後は一網打尽だ」  深く一礼すると、伝令は命令を伝えるべく前線へと走り去る。  その後ろ姿を見送りながら、ロンドベルトは低くつぶやいた。 「見えないというのは、もどかしいな。手を伸ばしても届かない。霧の中で足掻いているようだ」  その言葉を受けて、ヘラは思わず苦笑を浮かべる。  そして、何事かと首をかしげるロンドベルトに向かい言った。 「閣下は本来ならば見えないものまで見ておしまいになるんです。多少見えないくらいの方がよろしい

  • 名も無き星たちは今日も輝く   ─34─ 結論

    「さっきも言った通り、殿下とロンダート卿二人の許可が降りなければ、俺一人で強行するつもりはさらさら無い。けれど、このままにらみ合いを続けていたんじゃどうあがいても戦況は好転しない」 夜が明けるたびに小競り合いを起こしていても、じわじわと数を削り取られていくだけだ。 かと言って正攻法で正面からぶつかっても、これだけの兵力差では到底勝ち目はない。 下手に抵抗して敵の逆鱗に触れるよりは、戦うふりをしつつ退くのが一番利口なのかもしれない。 シエルは面白くなさそうに頬杖をつきながらそううそぶく。 確かにシエルの言うとおりだった。 だがユノーは寂しげに首を横に振る。「それでは、殿下をお守りすることはできません。皇都にどうにか戻れたとしても、結局敗戦の責任を負わされて……」 言いさして、ユノーは口をつぐむ。 そして、おもむろに立ち上がると、一同に向かい深々と頭を下げる。「本当に、申し訳ありません。小官にそのすべてを負えるだけの家柄なり戦歴があれば、自分一人の首で済んだものを、殿下まで巻き込んでしまって……」 だが、ミレダはわずかに目を伏せ頭を揺らした。「ロンダート卿のせいじゃない。宰相と姉上の狙いは、最初から私の命だ。巻き込んだのはむしろ私の方だ」「ですが……」 更に何か言おうとするユノーを、ミレダは軽く手を上げてさえぎり無言で座るよううながした。 納得が行かない様子のユノーは、だがその命に従い吐息と共に腰を下ろす。 それを確認してから、改めてミレダは全幅の信頼を寄せている神官騎士に向き直ると、こう問うた。「お前がことを成すまで、だいたいどのくらいの時間がかかる?」 その言葉に、ただ一人を除いてその場の人々は一様に驚きの表情を浮かべる。 同時に、天幕の中には言い難い空気が流れる。 一方で問われた側は、つまらなそうな面持ちで頬杖を付いたまま

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